東京高等裁判所 昭和52年(ネ)2183号 判決
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【判旨】
被控訴人が昭和五〇年一〇月一九日控訴人に対し本件訴を取下げる旨の意思表示をし、控訴人が承諾したことは争いがない。
被控訴人の右意思表示の効力につき検討する。
<証拠>をあわせれば、次の事実が認められ、<る。>
篠崎和造(以下和造という。)が代表者となつている三貴観光開発株式会社(以下三貴という。)は昭和四八年七月ころ約一五〇〇万円の債務の返済に追われ、和造は親族である被控訴人に金策の尽力を求め、ここに和造・被控訴人・控訴人との間で、控訴人が相模原市農業協同組合(以下農協という。)から三〇〇〇万円を借受け、被控訴人はその所有の相模原市大字下台所在の畑四筆に右債務担保のため抵当権を設定し、かつ右債務につき代物弁済の予約をなし、控訴人は三貴に右三〇〇〇万円中一五〇〇万円を貸渡し、被控訴人はその余の一五〇〇万円をもつて農協に対する別の一五〇〇万円の債務を弁済する旨の合意が成立した。
控訴人は同年七月二五日以後数回にわたり被控訴人を連帯債務者として農協から合計四〇〇〇万円を弁済期昭和五〇年七月三〇日と定めて借受け、被控訴人は右合意に従い右畑四筆三〇〇〇平方メートルにつき抵当権を設定し代物弁済の予約をした。
しかるに控訴人は約旨に反し、右借受金四〇〇〇万円中一〇〇〇万円を控訴人名義で農協に定期預金としたのちこれを払戻して、全額をその農協に対する別口の債務の弁済にあて、その余の三〇〇〇万円を同年七月三一日三貴に太田隆・小玉一二・被控訴人を連帯債務者ないし連帯保証人として貸付けたにとどまり、被控訴人の農協に対する債務一五〇〇万円の弁済にあてることをしなかつた。
控訴人が三貴に貸付けた三〇〇〇万円は、和造の水木商事こと長ケ部文郎に対する一五〇〇万円の債務、三貴の泉商事こと小泉利通に対する七〇〇万円の連帯保証債務及び和造のその余の債務の各弁済のため費消された。
被控訴人は、右借受による経済的利益を得ておらず、その弁済をすることができずに右弁済期を徒過し、結局自己の生計の資である前記畑四筆につき抵当権の実行等がなされることを恐れていた。
被控訴人が昭和五〇年一〇月控訴人あて五〇〇万円の資金の弁済を求めて本訴を提起し、その訴状が控訴人に送達されるや、控訴人は被控訴人に、「本訴を追行すれば、控訴人は右四〇〇〇万円の債務を弁済せず、右畑につき抵当権が実行されるような事態を招来させるが、もし被控訴人が本訴を取下げれば、控訴人は太田隆・小玉一二らとともに責任をもつて右四〇〇〇万円を弁済し抵当権が実行されないようにする。」旨申向けたので、被控訴人は控訴人の右申出を信用し、本訴の追行による五〇〇万円の貸金債権の回収を断念し、そのかわり、控訴人に右四〇〇〇万円の貸金債務を弁済してもらい、生計の資である前記畑の抵当権等の消滅を図る方が得策であると考え、同月一九日右取下の意思表示をした。
しかし控訴人はその後右弁済の申出をしたことを否定し、その弁済をしない。
以上の事実が明らかである。これによると、控訴人は太田小玉らとともに右四〇〇〇万円を弁済する意思もないのに、これがあるように装い、被控訴人に前記のような申出をして被控訴人を欺き、本訴取下の意思表示をなさしめたというべきである。従つて右意思表示は要素に錯誤ありとはいゝ難いが、控訴人の詐欺によりなされたものといえる。
被控訴人が昭和五一年三月一九日の原審口頭弁論期日に右意思表示を取消す旨の意思表示をしたことは記録上明らかである。
よつて右取下の意思表示はその効力を失つたというべきであるから、控訴人の本案前の主張は採用しない。
(川島一郎 沖野威 小川克介)